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唐突ですが、私には地盤(ジバン)も鞄(カバン)も看板(カンバン)もありません。 そんな私が政治を志す理由。 それは、生まれ育った西尾市のために役に立ちたいという思いです。帰省時に友人と歩く西尾の街、かつて行った場所やお店が廃墟や住宅になり、徐々に疲弊していく地域を目の当たりにしました。それから沸々と何か自分に出来ることはないだろうか、地域に対して「何かしたい」という思いが膨らんでいきました。

「がんばってほしいけど、政治には関わりたくない」

     政治活動への思いを友人に話した時に言われた言葉です。正直、まさかの反応でした。まちをつくっていくのは民間だけでは不可能です。当然のことですが、仕組みづくりや様々な支援施策など行政が存在しなくては成り立ちません。その代表を決めていく選挙も政治です。しかし、このままでは、自分が生まれ育った西尾のまちや政治から、若者はどんどん離れていってしまう。さらに、高齢化率の高さは、西尾全体はもちろん、政治家の年齢にも反映されています。若い人たちが政治に興味関心を持つこと、若い政治家が仕組みや施策に参画していくこと無くして地域の未来はないと断言できます。そして、まずは自分自身が政治に参画していくことが、それらを推し進めていくきっかけになるのではないかと奮起したのです。   私は、地元の愛知県立鶴城丘高等学校を卒業し、国立京都大学医学部に入学しました。それらの進路については、自分で決めて努力した結果であることに間違いありません。しかし、そこでぽっかりと心に穴が空いたように、大学や社会での目標を持つことができませんでした。何のために頑張るのか頑張ってきたのかわからない。まさに、糸の切れた凧のようになっていました。帰省することも少なく、見るたびに高齢化を感じる西尾のまち。社会に出てからも、気がかりに思うものの、浜松を生活拠点としていた自分は、ただの傍観者でいるしかありませんでした。自分の気持ちに正直になれない。なんだか釈然としない毎日を過ごしながら、全国で活躍する若い地方政治家のニュースが目に飛び込んできました。

「そうだ、若い自分にしか出来ない事があるんだ!」

     私は浜松の会社で見聞を広め、地元に戻り、政治活動に新たな目標を設定し、自らその実現に向けて歩み出しました。 正直に言えば、心細いのは事実です。地盤(ジバン)も鞄(カバン)も看板(カンバン)もなく、さらには、若い人たちは地方の政治に関心を寄せていない。しかし、どんな逆境でも、必ず自分の一歩が未来を変えていくと信じています。笑われても、蔑まされても、今は気になりません。この新しい歩みに必ず応援してくれる方々がいると信じているからです。